【不登校ママの心の揺れ①】共感しているつもりだったのに、全然できていなかった

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「学校に行きたくない」

長女が言い始めたのは小学二年生の一学期

理由を聞くと次々に出てきた。

  • 「身体測定が嫌だ」
  • 「プールで水着になるのが恥ずかしい」
  • 「同じ班に苦手な子がいる」
  • 「算数が難しい」

実際に本当に困っているのはわかっていたし

私は一つ一つ話を聞いて当時の担任の先生に相談をした。

先生はどの内容にも理解を示してくれ、着替えは別室を用意したり

なるべく露出のない状態で単独で検査できる環境を作る

友達との関係も注意して見守る

不安がある授業は個別で相談を受ける

等々と約束してくれたり

それでも辛いなら無理せずに来られる時間だけ来てくれればいいと

できる限りの配慮をしてくれた。

「先生もこう言ってたし、心配ないから大丈夫だよ」

そう伝えても

長女の表情は晴れないまま。

心配事を減らせているはずなのになぜ行く気にならない…?

問題解決よりも大切なことが分かっていなかった私

当時の私は、長女の「行きたくない理由」を聞きだして

それを取り除いていけばまた楽しく登校できると思っていた。

私から考え方についてアドバイスをしたり

先生に相談して学校でのフォローをお願いしてみたり

でも、どんな提案をしても本人はすっきりしていない様子。

プールや検診に関しては、特別な配慮をしてもらっても嫌なものは絶対いや

友達関係や授業に関しては

大丈夫な時とそうでない時の差が激しすぎて

気分に合わせて登校したり休んだりの日々。

この頃の私は気づけなかったけど

本当は、長女は行けない理由をあげて解決したかったわけではなく

『自分の気持ちを分かって欲しい』

と必死にSOSを出していたのだ。

「共感」しているつもりだったけど全然できていなかった

私はしっかり長女の話を聞いてあげなくちゃとは思っていた。

”話を聞いて「共感」してあげる”

これが大事だと言うことはわかっていた。

長女が学校の愚痴や不満、不安な気持ちを話してくれた時に

「そうなんだ」

「それは確かに嫌だよね」

そういうと長女は少しほっとした顔をしていた。

そこまでは共感している風ではあったけど、

私はその後必ず、悪気なく

「でもね、それはこうすればいいんだよ」

「気にしなくていいんだよ」

「こう考えることもできるよ、例えば…」

「お母さんもこういう事があったけど、こうやって乗り越えたんだよ」

親として、気持ちを少しでも軽くしてあげたくて、

的確にアドバイスをしているつもりだった。

なんなら、ちょっと名言的な、深イイ話風に話してた時もあった。

そんな自分に酔いしれてたかもしれない。

長女がハッとして「そうだよね!」なんて思ってくれるかもしれないと期待した。

だけど長女は私の話を聞いても、あまり腑に落ちない様子。

それどころか

「それはわかってるけど、本当はこれが嫌で…(あーだこーだ)」

渾身の深イイ話は全く響かないし、一周回ってまた同じ不満を繰り返すから

しばらくは我慢して聞いているけど、

結局しびれを切らして言ってしまう

「だから、それはさっきも言ったじゃん」

「大丈夫だってば!そんなこと言ってたらキリがないよ~」

…すると長女の態度も急変して

「もういいよー!とにかく明日も行かないから!」

そして私はため息をつく…やれやれ。。

この時の私は、

”時間を作って長女と向き合って話を聞けている”と思っていた。

「共感」した上で大切なことも伝えて、母親としてできる限りの対応をしているつもりだった

”こんなに話を聞いてあげてるのに…”

近所のママ友や、たまに会う実母や義両親に思わず愚痴った時も

「偉いよ、ちゃんと話聞いてあげて。私だったらイライラして強く言っちゃうよ」

「そんなにちゃんと対応してあげてるのに、なんで行かないんだろうねぇ?」

と慰めの言葉をもらうことで安心してしまっていたし

やっぱ自分は間違ってないんだと思い込んでいた。

登校を渋る長女が本当の所は「どう感じているか」、「何を求めているか」

気付ける人は私の周りにもいなかったように感じるし、

なにより私自身その視点を持てなかった。

『共感』の前に大切なのは『傾聴』だった

今の私ならわかること

私がしていたつもりの「共感」はただの「同情」で、

良かれとしていた「アドバイス」は「修正指導」だったのかもしれない。

長女の気持ちを一度は受け止めたように見えて

”でもこうすれば解決するよね?”

と私の価値観で考えを修正して納得せようとしていただけだった。

本当の”共感”は”傾聴”ができたうえでできること。

『その子の感じている世界を変えずに受け止める』

否定も修正もせずに受け止める。

気持ちを”聞く”ではなく”聴く”のが”傾聴”

そのうえでその気持ちに”共感”してあげるのが本当の流れ。

それに気づいたのはずっと後のはなし。

私は長女の気持ちの世界に勝手に踏み込んで

「こう考えればいい」と形を変えようとしていた。

”否定せずに良いアドバイスをしたつもり”なのに効果を感じない私と

”否定されてはいないけど全部を受け止めてもらえない”とモヤモヤしていた長女

親子間の微妙なズレが毎日少しずつ蓄積されていた時期だった。

後になって気づいた、私がするべきだったこと

私がすべきだったのは、

自分の価値観で理想的な方向に導くことではなくて

”行けない理由を私が認めて受け入れてあげる事”だった。

「そっか、それだけ嫌なら休もうか」

「しんどかったよね」

「それなら行けない理由になるよね」

話を聞いたうえで、そう言ってもらえるのを待っていたのかもしれない。

わがままで、サボりたくて休むのではなくて、ちゃんと理由があるんだ

と認めて欲しかったのだ。

理由として”通用するかそうでないか”はさておいて、それだけ行きたくないのだと

私にだけはわかって欲しかったのだと思う。

私はその時は「どうすれば問題点を取り除けるか」

という事だけを必死に考えていたから、

彼女の考えをすべて受け入れてしまうと

”ネガティブな気持ちを増殖させてしまう”

”学校に行けない状態を長引かせるだけになってしまう”

そう思ってしまっていた。

共感することで不登校が長引くのを恐れていたのだ。

まとめ

私が当時気づけなかったことで大事なことは

  • 子供が次々と話す行けない理由は「本当」の事もあるし、それだけじゃない
  • 子供は問題が「解決すればよい」「解決して欲しい」と思っているとは限らない
  • 「共感+アドバイス」ではなく「傾聴+共感」
  • 子供の登校できない状態を私の方から肯定してあげる

「共感」「傾聴」について、私がちゃんと理解できるようになるまでに

本当に時間がかかりました。

(傾聴についてはまた改めて記事を書きたいと思っています。)

でもこの気づきが私が変わっていく大切なポイントだった気もします。

長女だけでなく、のちに不登校になる次女との関係も「傾聴して共感」することで変わっていったと思います。

その話はまた次回以降に書いていきたいです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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べに子
40代主婦/子供の不登校をきっかけに「子ども心理カウンセラー」「チャイルド心理カウンセラー」の資格を取得/不登校&反抗期真っただ中の2人娘を育てる日々の中で自身の成長、成功&失敗談をせきららにつづっていきます。(Amazonのアソシエイトとして収入を得ている記事、その他アフィリエイト広告を利用している記事も含まれています)